© 2018 by TOMOKO OKABE

ヨガとは自分を赦すこと

February 10, 2018

子育ても三年目に入り、息子の第一次反抗期に翻弄されながら、私はますますひとの「エゴ」というものに興味を持った。未熟な私に突きつけられた現実は、いわれのないほどの自分の感情の弱さ、そしてその弱さを隠すために自分が選ぶ愚かな戦略(怒り、責めること)だった。息子が自分に反抗するたびに私は「硬く」なった。優しいお母さんになりたいと思えば思うほど、私の中の硬い部分がむきだしになった。容赦なく息子を叱りつけ、主人の不備(家事をしないこと、優しさが足りないこと)を非難し、自分の神経過敏さを二人に詫びる、その繰り返しだった。不規則な主人の生活は、私が攻撃をする対象としてはうってつけだった。

そんな生活の果て、いつも以上に怒りを爆発させ、泣き続ける私に主人は言った。

「どっかに消えて。誰も朋子のことは助けないから。」

負け犬のように布団を引きずり、息子のオルゴールを抱きしめ、布団にくるまって一人で泣き続けた。私は一人なんだ、誰も私のことは助けられないんだ。私が助けてもらえる人にならない限り、家族からすら見捨てられてしまうんだ。

「助けて」と言えたらいいのに、と思った。そして「助けて」と言わずにその吹きだまりを情緒の不安定さに託していた自分に気づいた。

 

ヨガの語源は「つなぐ」「結ぶ」とよく授業で話しているが、ヨガを知り、学ぶということは、命のつながりを知り、謙虚になることであり、命のはかなさを知り、生きていく強さ(自信)を取り戻すことなのではないかと思う。人は一人では生きられないことを知り、人は一人で生きていかなくてはいけないことを思い起こすことなのではないかと思う。私の恩師であるジュディス先生はよく「リラックス&リニュー」という言葉を使うが、人は完璧でないということを認められない限り、人はリラックスできない。完璧を求めようという姿勢(Self Improvement) にはリラックスは許されないからだ。完璧でなくていいんだよ、と自分を許してあげること(Self Compassion) ができて、はじめて人は自らのありのままを受け入れることができるのだろう。ヨガの先生なのに、一人の母親として自分自身を受け入れることにこんなに苦労しています。

 

叱ってでしか子供を育てられない自分に自己嫌悪になり、自信を失っていた。叱っては逆効果だ、と思いながら感情をコントロールできずに叱ってしまうたびに、許せなかったのはいやいやをする息子ではなく、自分だった。

それでも、子育てを始めてから私は、家事を完璧にこなすことをやめ、主人に(理想的な生活リズムで暮らす)期待をすることをやめた。妥協を学んだのだ。そんな自分の諦めに少し残念な気持ちもありながら、楽になったところもある反面、まだ満たされていない自分がいた。いつかお母さんになったら優しいお母さんになるんだ、という勝手な幻想にほど遠い自分。息子の人権はまるで無視。逆らったら問答無用で叱りつけ、自分の感情が最優先。江戸時代の殿様のような育児だ。そんなやり方では、子供はおびえ、反抗するだろう。

当然のことながら息子は叱らないお父さんになつき、それがますます私を孤独にした。「私はあなたのことが好きで、あなたに嫌われるととても悲しい。」という気持ちがうまく伝わらない、当然だ。息子だって人間だ。自分を尊重してくれない人を、誰が好きになるだろうか。自分を尊重し、抱きしめてくれる人が好きに決まっている。

 

ある朝、私は右手の薬指にはめていた指輪をはずした。今までどんなに頑張ってもはずれないぐらいしっかりはまっていた指輪。結婚指輪のたぐいではない。永遠の愛の証として、内側の見えないところに「LOVE」と彫られていた。どんなに辛いときもこの指輪をみやることで、私は愛されている、見守られている、大丈夫だ、と思おうとしてきた。だから、息子や主人の自分への愛が少しでも揺らいだように感じると、許せなかった。とてもわかりやすい「執着」だ。

しばらく近所の朝ヨガのクラスに通う機会があったのだが、お試し期間だったので朝ヨガもある日最終日を迎えた。そのクラスが終わったあと、石鹸水でぬるぬると頑張って指輪を外し、ヨガマットをいれるバッグにくくりつけてみた。もうこれがなくても大丈夫。指輪ではなく、ヨガが私を支えてくれるはず、と思うことにした。厳密には、ヨガが私を支えてくれるわけではなく、自分で自分を支えられるよう、ヨガが応援してくれる、というだけのことなのだが。

 

3年間、私の育児は気まぐれな少女のようだったと主人は言う。40にもなって少女はないのではないかと思うが、言いたいことはわかる。私は大人になりきれていないままお母さんになってしまった、ということだ。私と息子との喧嘩は「愛し合いすぎている恋人同士のようだ」と主人の観察はいった。二人とも「嫌い嫌い、あなたなんて大嫌い!」と言いあって反発し、最後には「ほんとは大好きなんだよう、仲良しがいいよう、ごめんなさい、あーんえーん」と抱き合うパターンだ。親であるのに私は、まだ自分が確立できていない思春期の少女のように自分のエゴに揺れ動く。私を傷つけないで、と。

大人なら、自分のエゴを知り、子供のエゴを理解できるのだろう。

最近読んだ石田衣良さんのコラム。「薄っぺらい正義ほど迷惑で幼稚なものはない。他人をさばくときは、自分の悪に思いを馳せる、それが大人の流儀だ」

発展途上の私は、まだ自分の父親や母親に守られていないと不安で仕方がない。私がこの子を守っていく、というよりは、主人曰く、朋子は息子に遊んでもらってるんだよ、と。

 

2013年、反抗期の息子と過ごす日々、自分の弱さに泣いてばかりの一年だった。エネルギー有り余る二歳児と遊び倒すために、身体を鍛えようとトライアスロンにも挑戦した。体力は確かに増したかもしれない。しかし、心を鍛えるのは身体のようにはいかない。心の弱さの化けの皮は恐ろしいほどすぐにはがれてしまう。

 

2013年後半は、さすがにそんな自分に嫌気がさし、運動神経以前に心が弱いことが問題だ、と自覚し始めた一年だった。

可愛い息子が、生きていくことの初心に戻らせてくれたともいえるかもしれない。それを主人の寛容さが支えてくれる。

 

ある日の日記に書いてある。「私はヨガを何に役立てようというのか」

ヨガで私の人生の何を豊かにするのか、それ以前に、人生の貧しさから抜け出すためにヨガがあるのかもしれなかった。

アーユルヴェーダの診断をしてくれた医師も、こういう言葉をかけた。

「そんなに恵まれていて、いったい何が不安なの?」

子供の頃、入院をしていて、両親と一緒にいたかったけど、両親を困らせないために「さみしくないから大丈夫だよ」と言いながら、病院から帰っていく両親をエレベーターに見送った直後に泣き崩れていた、「さみしいと言えない」自分が怖かったのかもしれない。小さな私はさみしかったから「お願い、帰らないで、私を一人にしないで、隣にいて」と言いたかったんだと思う。入院を繰り返しながらそのエゴを封印できる強さを身につけていった。

 

自分はひとりぼっちだと知っている。ひとりぼっちだと知っているけど、独りだと思いたくない。共感してくれる人、寄り添ってくれる人がいると思いたい。

どうでしょう。兄弟がいる人は、私より強いような気がする。親の愛を独り占めできないさみしさを子供の頃に鍛えられている。一人っ子は、愛情を独り占めできない状況に慣れていない。だから、奪われるとものすごく過敏になり、自己防衛、攻撃態勢に入ってしまうような気がする。

 

自らの例だけでエゴについて語るのは僭越と思うが、愛されたいは嫌われたくない、と同義であり、愛されているという証拠を疑い深く試したがる。私がどこまでも悪い子になって、ここまでしても、私のことを好きでいてくれる?こんなひどいことをしても、私のことを守ってくれる?と、試すことでしか、愛されていることを確認できないのです。

愛してね、の裏返しは、嫌わないでくれるよね?というのは、まさしくヨガの世界。裏返せば、同じエネルギーなのだ。

特に私は、言い訳になってしまうが、ヨガの先生としては表向きいい人でいざるを得ない。いつも笑顔で、弱音を吐かず、ヨガの楽しさを伝えていく。私が感情丸出しで悪態ついていたら授業にならない。

岡部先生、怒ることあるんですか、とたずねられる。

ありますよー、そりゃ、子供が魔の二歳児ですから!と答えるものの、誰も私が息子に拳ふるわせ激怒し、泣きながらベッドに突っ伏している姿など想像できないだろう。

家族だけが知っている。私がいかに弱い人間かということを。

外で、笑顔でいるだけに、自分の弱いところをわかってほしい、受け止めてほしい、という甘えもあるのだと思います。私は生徒さんたちが思っているほど、強く優しい人間ではない。そんな私のことも、受け止めてくれる?と、家族に甘えている、それが迷惑なことに出来損ないのチンピラのような「悪態」というかたちをとるのだ。笑顔の影には、いじけた泣き顔。でも、そんなことにつきあわされる主人と息子はたまったものではない。

 

大学に入ってからはまったく勉強しなかったが、小学校から高校まではとても要領よく勉強した方だと思う。今思えば、結果を出すことがすべてだった。両親に褒められたくて、成績を意識した。でも、その反面父はよく私のことを旅行に連れていってくれ、何もせずにちゃんと景色を楽しめ、と言った。そのバランスが当時の私には理解できず、「ねえ、まだ?(目的地にはいつ着くの?)ばかりたずねていた。

足りなかったものが、当然のことだが、ある時点で人生を行き詰まらせる。何かとの新しい出会いは、きっと何かを補うためのものであり、きっと意味がある。

 

優しいお母さんの愛は無償で、というのが世の中の期待だ。だけど、私は、そうでないお母さんの気持ちも、わかる気がする。今の時代に育ったお母さんは、我慢強くなく、愛するより愛されたいお母さんも少なくない。あるいは、そんな要素が多かれ少なかれある。だから、第一次反抗期(2歳-3歳)の子供たちに「否定的」な態度を取られると、たとえそれが子供たちの自我の芽生えであったとしても、力のある母親は、Power with で子供を支えるのではなく、Power over で、子供のエゴを打ち負かしてしまう。息子流に言えば「バリバリの」自己防衛本能を発動させてしまうのだ。愛されたいから、否定されることには過度に敏感になり、孤独を感じることを過度に怖れてしまう。

 

ヨガの練習は楽しいのだ。同じスタジオに、一緒にヨガを楽しむ仲間がいて、先生もいる。わいわいしている中で、自分を見つめるぐらい、なんてことないのです。

本当に恐ろしいのは、ひとりぼっちで宇宙旅行に飛び立つこと。

孤独をひしひしと味わいながら自分の内面とむきあっていくこと。

でも、その宇宙旅行の道すがら、気づけることがたくさんあることは確かだ。

自分自身の気持ちや身体と対話する時間が生まれるから。

ひとりぼっちでヨガの練習に打ち込んだり、リストラティブヨガで孤独にふけることは、本当はとても恐ろしいことだと思っている。

 

無理をする必要はないのだから、罰ゲームのように自分自身に自分と向き合う時間を突きつける必要はないと思う。仲間がいるヨガスタジオで、安心感を感じながら自分と向き合うでも十分だと思う。

私は何が好きなの?

私は何を怖れているの?

私の幸せはどこにあるの?

 

今の私の憧れは「強く優しくて寛容な」お母さんになること。

息子に「お母さん、大好き」といってほしい。

いってくれるのです。優しい息子は今も。ぎゅーっとしてくれる。

でも、愛ってなんだろう、ってあらためて思う。

息子にどうしてあげたら、愛していることになるのだろう。

息子から愛されている証はいったい何と言えるのだろう。

誰のために愛しているのか。言葉だけが上滑りしているのではないだろうか。

愛している、なんて一言も言ってくれたことのない父から、私は確かなものを感じてきた。自分の母の愛は無償だと感じている。

ヨガが教えてくれること。それは「時間がかかる」ということかもしれない。一回や二回、ヨガに取り組んだからといって、魔法がかかるわけではないのです。続けていくうちに、川の流れが変わっていく。確かなものが蓄積されていく。人生は、ぱっとつくって、ぱっと壊すブロックのようなものではなく、じっくりと醸造していくもの。プラクティスとは反復しながら学んでいくということ。だから、途中からでも軌道修正はできる、そう信じて、今日の気づきを整理して、これからの毎日に活かしていきたい、と思ってこれを記した。

 

母親一人が完璧を求めても、みんないい迷惑なのだ。完璧なんてないのですから。

完璧にほど遠い自分を認め、許してあげれば、きっと息子のイヤイヤやベチョベチョやガラガラガッシャーンも許してあげられるかもしれない。3歳児に、そもそも悪気があるわけないのだから。

 

この記録を書きながら、親子の関係はすでに変わってきている。

私は少し怒らなくなった。お母さんは大変だから、助けてね、と言えるようになりました。そしたら息子は「よしよし」してくれるようになりました。私が爆発しないだけで、家庭は限りなく平和です。

ヨガのクラスでいつも言っていながら、実際はとても難しいこと。

「お母さんが機嫌良くいることは、家族にとっては世界平和よりよっぽどありがたいこと」

難しいからこそ、追求する意義があるような気もする。

 

家族が一緒にいないと情緒不安定になる母親だった一年に、最後に神様が与えた試練は、お父さんは仕事でロンドンに行き、お母さんは地方での仕事があり、航ちゃんは初めてのお泊りで盛岡のおじいちゃんおばあちゃんのところに預けられた。家族三人が日本と世界でバラバラ、そんなことは今まで初めて。私は、そうなる前に悩んでたくさん泣きました。だから、最後ぐらい頑張ろうと思い、お仕事を頑張ってる(楽しむことが頑張ることなので、幸せなことだ) ひとりぼっちになって、いままでもやもやと考えていたことを記録しておこうと思った。

 

お母さんのお仕事と、航ちゃんのクリスマス会が無事終わったら、また飛行機に乗ってお父さんに会いにいきましょう。

お父さんは、ロンドンに行く途中に虹を見たそうです。

何かいいことがあるといい、と言っていましたが、お母さんが今より少しだけ強く優しくなりたい!と決意したことは、宝くじが当たる以上にいいことに値するのではないかと思っています。どこまでも勝手なお母さんですが、航ちゃんとお父さんとたくさん笑って生きていきたいんだよ。

 

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