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多分何もわかっていない子育て支援

February 10, 2018

子育て支援が「託児所の整備」だと思われて進められている日本社会の政策は、家庭の意識にも波及しているような気がする。

働きたいなら、息抜きがしたいなら、子供を預けて自分の自分を確保したらいいじゃないか。

 

おそらく男性はわかっていない。

女性が欲しいものは、物理的な時間や子供達を預ける箱ではないものを。

働いている、いないということでもないと思う。

子供たちを守りながら、育てながら、仕事をしたり家事をしたりすることの大変さを想像できない男性の想像力の欠如を残念だと思っている。

 

高度成長期、男性は出世したければ妻を大切にせよ、という言葉があったと聞くが、自分が働いて感じるのは女性が働きたければ主人を大切にする必要がある。

男性が女性を理解できないのは、女性が男性を理解しようとしていないことの裏返しなのかもしれないが、

男性は必死で子育てしながらイライラしている女性を理解したいとは思わないだろう。理解できるのは相当鈍感な人か、それを職業にしている人ぐらいだろう。

 

お母さんを楽にしてあげるために今日は外食にしよう。

その提案はとても嬉しいが、もっと欲しいことばは

「いつもこんなに大変なことをしているんだね、ありがとう」なのだ。

そのありがとうなしに「外食にすれば君は楽だろう」「大変なら、全部自分で抱え込まず預けて働けばいいじゃないか」というのは、女性が輝く社会のために託児所をどんどん増やしていこうという政府の方針と全く同じ。

 

例外もあるかもしれにが、お母さんは相当頑張って子供を育てている。

入れ物を作ることで応援するのではなく、大変だねということを理解することから始めない限り、根本的な解決にならないのではないか。

託児所を作る予算があったら、子供を成人まで育てたお母さんを表彰するような制度があったほうがいいのではないか。

節目節目で頑張ったお母さんがリフレッシュできる政策のほうが、大変だけど、子育て頑張ろう!という気持ちにつながるのではないか。

 

私が知る限り、子供が生まれてからお母さんがお父さんにこころから感謝の念を抱いている家庭をあまり知らない。

お母さん一人が頑張っている、という印象をお母さん自身が感じているケースがほとんどだ。

子育てが終わったら、ご主人と旅行に行くぐらいなら、友達で行くわ、と皆口をそろえる。

それはサポートが足りていないのではなく、それ以前に「理解されている」という実感がないからではないか。

 

女性たちは子供たちとできるだけ一緒にいたい、いい母親でいたい、家のこともやりたい、というものすごい責任感と現実の折り合いをつけざるを得ない。

 

昔は「お父さんが働いてくれているおかげで生活できます」という気持ちもあったのだろうが、今は「私のほうが大変なのよ」となっている。

そんなことをいう女性を男性は「理解したいとも思わないし、世の中にあるたくさんの支援を活用したらいいじゃないか」という支え方しかできない。

「家に帰ればあれやれ、これやれ」という女性のことを理解したいなんて思わない。

「一緒にいるだけじゃないか。俺はちゃんと躾を心がけているぞ」と、いることに対する尊厳もない。

 

オキシトシンが出ている女性は、敵に対しては攻撃的になるという。

主人に「僕は味方じゃないの?」と言われたが、理解も感謝も尊厳もない人間は明らかに敵としか見なさない。

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August 16, 2018

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