© 2018 by TOMOKO OKABE

Remember You Are Loved

February 10, 2018

障害がない人がある人に合わせる方が簡単なのではないか。マジョリティがマイノリティに生きにくさをうみ出してるのではないか。 

 

ならばマジョリティがマイノリティの生きにくさをさせたほうが良いのではないか。 

 

マジョリティにとって理解ができない、相手を変えたい、正したいと感じる気持ち、つまり寂しさ不安物足りなさが、怒りを生み起こしているのではないか。 

 

子供の多くが発達障害ではなく発達過程ではないか。実は発達障害の問題になるのは大人になって気付かれてない生活の中での体の問題だと思う。 

 

ヨガの目指す平和の実現、それは何か。 

 

瞑想やマインドフルネスなどによって心を落ち着けることだと思うのです。 

 

発達障害の子のためのヨガは、子供を変えたり改善したりするためのヨガではなく、周りを穏やかにして生きやすくするためのヨガではないかと思うのです。研究も、いかに行きやすくなったと感じたかを図るべきではないかと思うのです。 

 

発達障害でも、愛されてればいいと思うのです。問題は病気になることによって、心が離れその子が孤独を感じてしまうことじゃないかと思うのです。同じようにどんな病気でも愛されていることほど薬はないと思います。しかしそんな漠然な事は言及の色にならないため、愛されてると感じることをしっかり測って計測していかなくてはならないと思っています。 

 

病気は孤独を感じさせます。家族であっても変わらず愛されてることを知れば、病気への向き合い方も随分変わってくるのではないかと思います。 

 

Share on Facebook
Share on Twitter
Please reload

Please reload

August 16, 2018

Please reload

RSS Feed